英祖大王は、非常に倹約家で質素な食事を好んだと言われてますよね。
好物はコチュジャンにご飯(味付けではなくてコチュジャンそのもの)で、
肖像画を見ても分かる通り、痩せ型の健康体で、
人生50年の時代に80代まで長寿なさった方でした。
善政で国庫も潤った為、本来はもっと高評価だった筈ですが....
息子が生まれたのが当時としては壮年期だった為、
焦ってスパルタ教育をしたのが悲劇の始まりでしたが、
他方では娘の事を誰よりも可愛がったり、
孫のイ・サン(正祖大王)とよく語らいながら、
宮廷の庭の木の下の机を指して
兄王(景宗)と一緒に勉強した話をするなど、
本当は家族想いな一面がありましたよね。
完璧主義者でもあり、実際に知性や統治能力の高かった英祖大王は、
ご自身の母親の出自や兄王の最期に対する自分への疑惑、
壮年期になるまで王世子を得られなかった事などで、
在位中終始悩まされ、神経質になってしまった側面があったと言われています。
朝鮮王朝の王様について学ぶのも色んな人間ドラマに触れる事ができて面白いですよ。
↓応援はclickで↓
好物はコチュジャンにご飯(味付けではなくてコチュジャンそのもの)で、
肖像画を見ても分かる通り、痩せ型の健康体で、
人生50年の時代に80代まで長寿なさった方でした。
善政で国庫も潤った為、本来はもっと高評価だった筈ですが....
息子が生まれたのが当時としては壮年期だった為、
焦ってスパルタ教育をしたのが悲劇の始まりでしたが、
他方では娘の事を誰よりも可愛がったり、
孫のイ・サン(正祖大王)とよく語らいながら、
宮廷の庭の木の下の机を指して
兄王(景宗)と一緒に勉強した話をするなど、
本当は家族想いな一面がありましたよね。
完璧主義者でもあり、実際に知性や統治能力の高かった英祖大王は、
ご自身の母親の出自や兄王の最期に対する自分への疑惑、
壮年期になるまで王世子を得られなかった事などで、
在位中終始悩まされ、神経質になってしまった側面があったと言われています。
朝鮮王朝の王様について学ぶのも色んな人間ドラマに触れる事ができて面白いですよ。
↓応援はclickで↓
コメント